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『滝泉寺申状』


(★1400㌻)
 №0383
     滝泉寺申状    弘安二年一〇月中旬  五八歳
 
 駿河国富士下方滝泉寺大衆越後房日弁・下野房日秀等謹んで弁言す。
  当寺院主代・平左近入道行智、条々の自科を塞ぎ遮らんが為に不実の濫訴を致すは謂れ無き事。
  訴状に云はく、日秀・日弁、日蓮房の弟子と号し、法華経より外の余経、或は真言の行人は皆以て今世後世叶ふべからざるの由、之を申す云云取意。
  此の条は日弁等の本師日蓮聖人、去ぬる正嘉以来の大仏星・大地動等を観見し一切経を勘へて云はく、当時日本国の為体、権小に執著し実経を失没せるの故に、当に前代未有の二難起こるべし。所謂自界叛逆の難・他国侵逼の難なり。仍って治国の故を思ひ、兼日彼の大災難を対治せらるべきの由、去ぬる文応年中一巻の書を上表す立正安国論と号す勘へ申す所皆以て符合せり。既に金口の未来記に同じ、宛も声と響きとの如し。外書に云はく「未萠を知るは聖人なり」と。内典に云はく「智人は起を知り蛇は自ら蛇を知る」云云。之を以て之を思ふに、本師は豈聖人に非ずや。巧匠内に在り、国宝外に求むべからず。外書に云はく「隣国に聖人有るは敵国の憂ひなり」云云。内経に云はく「国に聖人有れば天必ず守護す」云云。外書に云はく「世必ず聖智の君有り、而して復賢明の臣有り」云云。此の本文を見るに、聖人国に在るは日本国の大喜にして蒙古国の大憂なり。諸竜を駈り催して敵舟を海に沈め、梵釈に仰せ付けて蒙王を召し取るべし。君既に賢人に在さば、豈聖人を用ゐずして徒に他国の逼めを憂へん。
  抑大覚世尊、遥かに末法闘諍堅固の時を鑑み、此くの如き大難を対治すべきの秘術を説き置かせらるゝの経文明々たり。然りと雖も如来の滅後二千二百二十余年の間、身毒・尸那・扶桑等一閻浮提の内に未だ流布せず。
 

平成新編御書 ―1400㌻―

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