>
←次へ
TOPへ↑
前へ→
『三世諸仏総勘文教相廃立』
(★1410㌻)
我が身より火を出だして灰身入滅とて灰と成りて失せぬるなり。通教を修行すること七阿僧百大劫を満てゝ仏に成らんと思へば、前の如く同様に灰身入滅して跡形も無く失せぬるなり。別教を修行すること二十二大阿僧百千万劫を尽くして終はりに仏に成りぬと思へば、生死の夢の中の権教の成仏なれば、本覚の寤の法華経の時には、別教には実仏無し、夢中の果なり。故に別教の教道には実の仏無しと云ふなり。別教の証道には、初地に始めて一分の無明を断じて一分の中道の理を顕はし、始めて之を見れば別教は隔歴不融の教と知りて、円教に移り入りて円人と成り已はって、別教には留まらざるなり。上中下の三根の不同有るが故に、初地・二地・三地乃至等覚までも円人と成る。故に別教の面に仏無きなり。故に有教無人と云ふなり。故に守護国界章に云はく「有為の報仏は夢中の権果前三教の修行の仏、無作の三身は覚前の実仏なり後の円教の観心の仏」と。又云はく「権教の三身は未だ無常を免れず前三教の修行の仏、実教の三身は倶体倶用なり後の円教の観心の仏」と。此の釈を能く能く意得べきなり。権教は難行苦行して適仏に成ると思へば、夢中の権の仏なれば、本覚の寤の時には実の仏無きなり。極果の仏無ければ有教無人なり。況んや教法実ならんや。之を取りて修行せんは聖教に迷へるなり。此の前三教には仏に成らざる証拠を説き置き給ひて、末代の衆生に慧解を開かしむるなり。
九界の衆生は一念の無明の眠りの中に於て、生死の夢に溺れて本覚の寤を忘れ、夢の是非に執して冥きより冥きに入る。是の故に如来は我等が生死の夢の中に入りて倒の衆生に同じて、夢中の語を以て夢中の衆生を誘ひ、夢中の善悪の差別の事を説きて漸々に誘引し給ふ。夢中の善悪の事、重畳して様々に無量無辺なれば、先づ善事に付いて上中下を立つ。三乗の法是なり。三々九品なり。此くの如く説き已はって後に又上々品の根本善を立て、上中下三々九品の善と云ふ。皆悉く九界生死の夢の中の善悪の是非なり。今是をば総じて邪見外道と為す捜要記の意。 此の上に又上々品の善心は本覚の寤の理なれば、此を善の本と云ふと説き聞かせ給ひし時に、
平成新編御書 ―1410㌻―
provided by