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『三世諸仏総勘文教相廃立』
(★1413㌻)
過去と未来と現在とは三つなりと雖も、一念の心中の理なれば無分別なり。
一切経の語は夢中の語とは、譬へば扇と樹との如し。法華経の寤の心を顕はす言とは譬へば月と風との如し。故に本覚の寤の心の月輪の光は無明の闇を照し、実相般若の智慧の風は妄想の塵を払ふ。故に夢の語の扇と樹とを以て寤の心の月と風とを知らしむ。是の故に夢の余波を散じて寤の本心に帰せしむるなり。故に止観に云はく「月、重山に隠るれば扇を挙げて之に類し、風、大虚に息みぬれば樹を動かして之を訓ふるが如し」文。弘決に云はく「真常性の月煩悩の山に隠る。煩悩は一に非ず故に名づけて重と為す。円音教の風は化を息めて寂に帰す。寂理無碍なること猶大虚の如し。四依の弘教は扇と樹との如し。乃至月と風とを知らしむるなり」已上。夢中の煩悩の雲重畳せること山の如し。其の数八万四千の塵労にして、心性本覚の月輪を隠す。扇と樹との如くなる経論の文字言語の教を以て、月と風との如くなる本覚の理を覚知せしむる聖教なり。故に文と語とは扇と樹との如し文。上の釈は一往の釈とて実義に非ざるなり。
月の如くなる妙法の心性の月輪と、風の如くなる我が心の般若の慧解とを訓へ知らしむるを妙法蓮華経と名づく。故に釈籖に云はく「声色の近名を尋ねて無相の極理に至る」已上。声色の近名とは扇と樹との如くなる夢中の一切の経論の言説なり。無相の極理とは月と風との如くなる寤の我が身の心性の寂光の極楽なり。此の極楽とは十方法界の正報の有情と、十方法界の依報の国土と和合して一体三身即一なり。四土不二にして法身の一仏なり。十界を身と為すは法身なり。十界を心と為すは報身なり。十界を形と為すは応身なり。十界の外に仏無し。仏の外に十界無く依正不二なり、身土不二なり。一仏の身体なるを以て寂光土と云ふ。是の故に無相の極理と云ふなり。生滅無常の相を離るゝが故に無相と云ふなり。法性の淵底玄宗の極地なり。故に極理と云ふ。此の無相の極理なる寂光の極楽は、一切有情の心性の中に有って清浄無漏なり。之を名づけて妙法の心蓮台と云ふなり。
平成新編御書 ―1413㌻―
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