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『釈迦一代五時継図』


(★1662㌻)
 二十八品倶に妙と名づくが故に。故に品々の内に咸く体等を具し、句々の下に通じて妙名を結す」云云。薬王品に云はく「若し復人有って七宝を以て三千大千世界に満てゝ、仏及び大菩薩・辟支仏・阿羅漢に供養せん。是の人の得る所の功徳、此の法華経の乃至一四句偈を受持する其の福最も多きには如かじ」云云。又云はく「能く是の経典を受持すること有らん者も亦復是くの如し。一切衆生の中に於て亦為れ第一なり」と。又云はく「此の経は能く一切衆生を救う者、此の経は能く一切衆生をして諸の苦悩を離れしむ。此の経は能く大いに一切衆生を饒益して其の願を充満す」と。勧発品に云はく「若し復是の経典を受持する者を見て其の過悪を出ださば、若しは実、若しは不実にもあれ、此の人は現世に白癩の病を得ん。若し之を軽笑すること有らん者は当に世々に牙歯疎く欠け、醜脣平鼻、手脚繚戻し、眼目角、身体臭穢にして悪瘡膿血、水腹短気、諸悪の重病あるべし。是の故に普賢、若し是の経典を受持する者を見ては、当に起って遠く迎ふべきこと、当に仏を敬ふが如くすべし」と。
  涅槃経の十三に云はく「我爾の時に於て思惟し坐禅し、無量歳を経れども亦如来出世の大乗経の名有ることを聞かず」と。文句の五に云はく「所以は経に出でたり。人の語を信ずることなかれ」と。同三に云はく「縦令百千種の師あって一々の師百千種の説を作すとも是権ならざるは無し。如来の所説有る、尚復是権なり。況んや復人師をや。寧ろ権に非ざることを得んや。前に出づる所の如きは悉く皆権なり」と。
    一 念仏者謗法罪を作る事
  法然の撰択に云はく「道綽禅師聖道・浄土の二門を立てゝ聖道を捨てゝ正しく浄土に帰するの文。初めに聖道門といふは之に就いて二有り。乃至、之に准じて之を思ふに、応に密大及び実大を存すべし。然れば則ち今真言・仏心・天台・華厳・三論・法相・地論・摂論、此等の八家の意正しく此に在り。浄土宗の学者先づ須く此の旨を知るべし。設ひ先に聖道門を学するの人なりと雖も若し浄土門に於て其の志有らん者は須く聖道を棄てゝ浄土に帰すべし。
 

平成新編御書 ―1662㌻―

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