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烏竜と遺竜

烏竜と遺竜

古代中国の并州というところに李遺龍(り・いりょう)と言う人がいました。
その家は代々書家として高名であり、代々その才能を受け継いでいました。
李遺龍の父は烏竜(おりょう)と言いました。
ところで、当時中国では道教が盛んで仏教は軽視されていました。そのせいか人々は貞操観念に欠け、酒や肉を食らって勝手気ままに過ごしていました。
父烏竜が仏教を評して言うには、仏教というのは酒や肉を食ってはならんというそうじゃないか、そんな堅苦しい教えはケシカラン。ワシは書家じゃが、死ぬまで仏教のお経を書かないぞ。たとえ大金を積まれたってお断りだ! と言っていました。しかし仏法を謗った罪でしょうやがて父・烏竜が最後臨終の床についた時、枕元に遺竜を呼んで、
「お前はワシの子だ、ワシの信念を継いで決して仏教を信じるな。もしワシの言いつけに背いたら、お前を呪って災いをなすからな」
というやいなや、狂乱の姿を現し、血を吐いて死んでしまいました。
さてそれからしばらくして。并州の王様で司馬という方が仏法に帰依し、殊に法華経を重んじていました。そして法華経を奉納しようと思い立ちましたが、字の上手な人が周りにはいませんでした。側近の家来に相談すると、「王様、書家の烏竜の子、遺竜はその芸能を継いで大変字が上手です。でも、烏竜家は道教をやってるので仏教を毛嫌いしています。きっと法華経を書けと言っても断るでしょう。しかし、王様の権威で道教の邪心をへし折ってやれば、書くのじゃないでしょうか」
そこで、司馬王は字がうまいなら、まず頼んでみよう、ということで遺竜に法華経を書くよう命じました。
しかし案の定、遺竜は父親の遺言ですから書けません、道教は先祖伝来の教えですから背けません、と断ってきました。
父の遺言というなら、それも仕方がない、と一度は司馬王も諦めて他の字の達者な人に法華経を全部書かせてみました。
けれども、どうにも満足行きません。
王は思いました。紙も筆も一番上等な物をもって法華経書写して奉納しようと思っているのに、書き手がこの国一番の者ではない、と知りつつ書かせたものに私の志が籠もるだろうか?
そしてまたこうも考えました。
仮にも私はこの国の王様だぞ。どうして国民の遺竜が私の命令を聞かない道理があるだろうか?よし、書かねば王名に背く罪である、牢屋にぶち込むぞ、と脅し、書いたなら沢山の褒美をくれてやるから是非法華経を書けと言ってやろう。(お前が父の遺言というから仕方なしと思ったが、考えてみればいくら父の遺言だというても、その父も私の家臣ではないか。主君の命令に背く家臣は罰せられねばならぬ)
司馬王は遺竜を呼び出して、
「どうだ、これでも書かぬと言うか、書け!」
と迫り、遺竜は仕方なくこの国一番の上手な字で法華経八巻の題目を書いたのでした。
遺竜は父の遺言に背いてしまった事を歎いて(父が怨霊となって化けて出るのではないかと恐れて)一昼夜泣いて過ごしました。
いつしか眠ってしまった遺竜は気がつくと、目の前に神々しい1人の神様が百千の天人を従えて自宅の中庭に立って居るのを見ました。驚いて
「あなたは誰ですか?」
と遺竜が尋ねるとその神様は
「私はお前の父烏竜である。この世に生きていた時は愚かにも仏教を信ぜず、誹謗して、その結果死後に大獄に落ちてしまった。炎に焼かれ、焼け死んではまた苦しみを味わう為に生き返り、また焼かれて死ぬ。一日に一万回も死ぬ苦しみを味あわされた。もう死なせてくれと頼んでも生き返る、苦しみのない来世を望んでも生き返った先は火炎地獄だ。500もの鋭い鋤が私の舌をはじめ身体中をえぐる。この苦しみはとてもお前には詳しくは聞かせられない。
(一説では無間地獄では身体が平ぺったく拡大して何千何万もの苦痛を受けれるようになる。間断なく責められるという時間軸の無間の他に、隙間無く痛めつけられるという空間的無間の苦と言う意味がある、そうだ。)
しかし、昨日のことだ、私が苦しむ大地獄に光の珠が出現した。その中に1人の仏様があって
 たとえ、この世にいくらでもいる善を憎み悪をなす輩であっても
 一たび法華経を聞いたなら 必ず仏の悟りを得るだろう
と言う言葉を唱えた。その後次々と64人もの仏様が現れて、同じ言葉を唱えられた。
すると大地獄の炎が消えてきて、涼やかな池になった。そして私やその他の地獄の罪人達は地獄から生まれ変わって神々の住む天界へ生まれ変わった。天人になって初めてどうして自分は大地獄から脱出できたのかを知ることが出来た。それはな、お前が司馬王に強制されて渋々書いた「妙法蓮華経巻第一」「妙法蓮華経巻第二」〜「妙法蓮華経巻第八」までの8×8=64の文字の一つ一つが仏様となって私たちの苦しみを救ってくれたのだ。私とお前は血縁だからお前の善事によって私が救われたのは当然かも知れない。しかし私の息子がなした法華経書写という善事によって同じく大地獄で私と共に苦に喘いでいた仲間も64体の仏様のお声を聞いて地獄の苦しみから脱けることが出来た。今私のまわりにいるこの者達(天人)は、その地獄の仲間達だ。お前は王様に強制されて法華経を書いたな。今後は仏経を書くことを仕事とせよ。」
遺竜は夢から覚めて父の烏竜の苦しみと、仏法を否定していた自分の過ちを悔いました。そして司馬王にこの夢のことを申し上げると、王様はじめ人々はみんな喜び合いました。
そして口々に言うには、イヤイヤ書いた法華経ですら、これだけの功徳があるんだ。まして自分の志をもって書いたなら、人に仏教の有り難さを教えて書かせたなら、莫大な功徳を頂けるに違いない。
書家遺竜の才能は以後代々伝えられ、世の中の人はこぞって写経をしているそうだ。



  并州の李遺龍 六
李遺龍とは并州の人。其家は書業にして相繼ぎ究めたる微あり。
龍の父を名けて烏龍と曰う。(ところで)此土道經偏に重んじ、佛經を信ぜず。性に耽り酒肉を嗜む。(烏竜が)佛經を謗じて云く。胡聖(釈尊)酒肉制。豈慈悲有んや。凡そ一生中に佛經書かじ。設ひ復人有て。金玉の利を贈投すとも都て經を見じ。況や自ら書寫をや。(といって)遂に狂亂を發す。遺龍に語て曰く。若し、汝は吾子なり。佛經を信ずべからず。信を犯さば。横まなる災い少なからず。(というや)即ち血を吐いて卒す(死ぬ)。後に并州(并州(へいしゅう)は中国にかつて存在した州。神話時代から使われている)の司馬。發心貞固にして。法華を偏に重んず。如法に其經を寫さんと欲するも能書無し。同志の有人司馬に謂って曰く。烏龍の子、遺龍は能書の業を繼ぐも其家は邪見にして佛經を寫さず。君の威、能邪心を伏さば書寫の任に堪う(べし)。
(そこで)司馬、方便を以て(遺竜を)調伏するも更に随わず。家傳の固辭を稱するにより(司馬は)更に餘の書生を雇い一部を造り畢ぬ。
若は紙、若は筆。必ず淨心を以てす。自ら珍寶を出し如法に營む。清淨の供養を欲えども。復思惟す。我既に州の主たり。龍豈肯じて受言せざらんや。刑言を以て逼め。金玉を以て贖う。龍、遂に題目を立つ。父の遺囑の責を悔ゆ。夜に入るも覺えず。一日一夜。次いで夜夢す。
百千天人。大威徳天圍遶して龍の前庭中に住立す。(遺竜が)問う。誰人ぞや。天、答えるに我は是汝が父・烏龍なり。先生は愚氣にして佛經を信ぜず。大地獄に墮つ。炎火身纒わり一日一夜に萬死し萬生せり。死を求むるも得ず。生を求むるにも得ざりき。五百の利き犁、我舌肉を搆る。具には説くべからず。
(しかるに)昨日地獄の上に忽ちに光明有り。中に一りの化佛現れ偈を説いて言く
 假使(たとえ)法界に遍ずる  善を斷つ諸の衆生であっても
 一たび法華經を聞かば 決定して菩提を成じぬ
此の如く六十四の佛。次第して現れ偈を説くこと亦爾り。
爾の時地獄の火滅し變じて涼池と爲る。我及び衆生。身を捨てて第四天に生る。天上の法爾として。初て三事を即ち知りぬ。汝が題目六十四字を造るに一一の字。化佛身と現れて偈を説いて苦を救う。我と汝と身は一つにして肉血を分つ。我一人の善縁に依て地獄の罪人偈を聞いて苦を離る。同じく一處に生まる。
今圍繞せる(者達)は是也。汝先に邪惡を捨てて佛經を書寫す。以て家業と爲せ。復此因縁は隱れて見えず。
龍、夢から覺め。涙を流して過を悔ゆ。司馬に具に白す。聞く者歡喜せり。皆謂く、意えざるに造る題すら尚爾り。況や若し自ら書くをや。若し教人書。是人功徳を所得せること限量有ること無し。龍家の書業。相傳えて于今に至る。州内に或は字禮の供毎に日毎書す。或は別に讚詠を行ず。而日毎に寫す者蓋し多からん(云云新録)




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  并州李遺龍六
李遺龍者并州人。其家書業相繼究微。龍父
名曰烏龍。偏重此土道經。不信佛經。性耽
嗜酒肉。謗佛經云。胡聖制酒肉。豈有慈悲。凡
一生中。不書佛經。設復有人。贈投金玉利。都
不見經。況自書寫。遂發狂亂。語遺龍曰。若
汝吾子。不可信佛經。信而犯者。災横不少。即
吐血而卒。後并州司馬。發心貞固。偏重法
華。如法欲寫其經無能書。同志有人謂司馬
曰。烏龍之子遺龍。繼業能書。其家邪見不寫
佛經。君威能伏邪心。堪任書寫。司馬以方便
調伏。更不随。自稱家傳固辭。更雇餘書生。
造一部畢。若紙若筆。必以淨心。自出珍寶。如
法營。欲清淨供養。復思惟。我既州主。龍豈不
肯受言。逼以刑言。贖以金玉。龍遂立題目。悔
責父遺囑。入夜不覺。一日一夜。次夜夢。百千
天人。圍遶大威徳天。龍前庭中住立問。誰人
天。答我是汝父烏龍。先生愚氣不信佛經。墮
大地獄。炎火纒身一日一夜。萬死萬生。求死
不得。求生不得。五百利犁搆我舌肉。不可具
説。昨日地獄上忽有光明。於中現一化佛。説
偈言
 假使遍法界  斷善諸衆生
 一聞法華經  決定成菩提
如此六十四佛。次第而現説偈亦爾。爾時地
獄火滅。變爲涼池。我及衆生。捨身生第四
天。天上法爾。初三事即知。汝造題目六十四
字。一一之字。現化佛身。説偈救苦。我與汝
身。一肉血分。依我一人善縁。地獄罪人聞偈
離苦。同生一處。今圍繞者是也。汝捨先邪惡。
書寫佛經。以爲家業。復此因縁隱而不見。龍
夢覺。流涙悔過。具白司馬。聞者歡喜。皆謂不
意而造題尚爾。況乎若自書。若教人書。是人
所得功徳。無有限量。龍家書業。相傳至于今
矣。州内或毎字禮供。而毎日書。或行別讚
詠。而毎日寫者蓋多(云云新録)

[説話,]

最終更新時間:2015年12月22日 12時37分01秒