第一次教義逸脱問題
概要
第一次教義逸脱問題(だいいちじきょうぎいつだつもんだい)とは、日蓮正宗の信徒団体であった創価学会が昭和40年代に池田大作会長を仏と立てて神聖視し、創価学会会館を寺院とし、信仰の対象である本尊を勝手に彫刻して安置し、政治部の公明党を作るなどして、やりたい放題であった。
更にSGIという組織を作り、日蓮正宗(大石寺)をその傘下に加えようというとんでもない野望をもって、日蓮正宗の教義信仰に反することを会員に植え込んでいった事件である。昭和52年路線?とも呼ばれる。
結局、日蓮正宗僧俗の批判を受けて、これらの企みは破綻し、
創価学会(池田大作)は昭和53年11月7日 にお詫び登山・創立48周年記念登山代表幹部会を大石寺で開催し52年逸脱路線について謝罪
総本山大石寺は謝罪を容れ、昭和54年10月8日、創価学会に「特別学習会」を以て修正を図るよう指図
ということで一応の終息は見たが、創価学会の大増上慢により、異端となる顕正会(創価学会をライバル視し先鋭化・妙信講国立戒壇固執者)・正信会(僧侶で創価学会斬るべしとの感情に走って御法主上人に背いた者)を生んだ。
第一次、というからには第二次があるわけで、それは平成二年暮、後に創価学会破門に至る、創価学会の謀叛と日蓮正宗攻撃である。
キーワードから更に詳しく調べてみると宜しいでしょう。
https://www.nichirenshoshu.or.jp/jpn/soka-j.html
http://myodenjinet.web.fc2.com/specialstudy.html#kihon
https://www.nicovideo.jp/watch/sm35209155
※お詫び登山の幹部2千人は掻き集められたらしい。
[用語]
最終更新時間:2022年08月01日 12時11分28秒