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諸天善神

諸天善神

 概要

諸天善神(しょてんぜんじん)とは正法を守護する神のこと。神のような作用のこと。
日蓮大聖人は簡単に言うと次のように教えられている。
そもそも神は仏法を守護する存在である。
神は仏法を信ずる人が仏法の功徳に浴して喜ぶ姿を元気の元にしている。
逆に仏法を誹る者がいると神は不愉快になり罰を当てる。一国に及ぶと天災内乱外寇等の形で現れる
世間で仏法が貶められ信ずる人が居なくなると神は元気の元を失い、耐えきれず天上世界へ去ってしまう。
故に世間で信奉されている神社等は神の抜け殻で御利益はない。それどころか悪鬼・魔神が住みついているので、そこにお参りし供養する者は不幸の因縁を背負い込む
しかし正法を信じ行ずる人の所には神は現れて、難病が治るとか、奇跡的に助かるとか、強敵が自滅するとか、平常ではあり得ないようなはたらきを示す
【★ここが重要!!★】上記でいう所の仏法とは法華経であり、その法華経とは日蓮大聖人の南無妙法蓮華経の御本尊の事であり、御本尊の正体は大石寺の本門戒壇の大御本尊である。
この本門戒壇の大御本尊への正しい信仰は日蓮大聖人よりの正統なる血脈相承を現代に継承する大石寺住職である御法主上人の指導を仰ぐことが円満な正しい信仰である。
しかし諸天善神というも、大御本尊は一切の命の一番最高の状態の鏡である。神にも善神もあれば悪神もある、善い神の理想の姿は大御本尊帰依した神であり、それが大御本尊にも天照太神・八幡大菩薩を代表として記されている。ということは一見、諸天善神の御利益のように見えるがその利益の大本は本門戒壇の大御本尊の功徳なのである。

さて、上記を踏まえてもう一度言い直すならば、

そもそも神は大石寺の本門戒壇の大御本尊を守護する存在である。
神は大石寺の本門戒壇の大御本尊を信ずる人が大石寺の本門戒壇の大御本尊の功徳に浴して喜ぶ姿を元気の元にしている。
逆に大石寺の本門戒壇の大御本尊を誹る者がいると神は不愉快になり罰を当てる。一国に及ぶと天災内乱外寇等の形で現れる
世間で大石寺の本門戒壇の大御本尊が貶められ信ずる人が居なくなると神は元気の元を失い、耐えきれず天上世界へ去ってしまう。
故に世間で信奉されている神社等は神の抜け殻で御利益はない。それどころか悪鬼・魔神が住みついているので、そこにお参りし供養する者は不幸の因縁を背負い込む
しかし大石寺の本門戒壇の大御本尊と大石寺の御法主上人の指導を信じ行ずる人の所には神は現れて、難病が治るとか、奇跡的に助かるとか、強敵が自滅するとか、平常ではあり得ないようなはたらきを示す

となる。


[用語,,教義]

最終更新時間:2019年02月04日 10時59分19秒