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法乗寺支部 k村M保さん(北近畿地方部総会より) H24.5.20

大白法H24.10.01 第846号

法乗寺支部 k村M保(北近畿地方部総会より) H24.5.20 (イニシャルについて)


 皆さん、こんにちは。私は平成十二年に知人の紹介で日蓮正宗に入信しました。
 入信以前の私は、体も弱く心も荒んでいて、がんばって必死に生きているのに、どうしてこんなに苦しい人生しか歩めないのだろうと、毎日を悲観して生きておりました。そんな時、知人より
「この御本尊様を拝めば必ず幸せになれますよ」
と言われ、その言葉を信じて入信しました。自宅に御安置していただいた御本尊様は引き込まれるように輝いて見え、何とも言えない安心感をもたらしてくれました。この信心をしたら違った人生を歩めるのかも知れないと、救われた思いがしたのを覚えています。そして私は、その光に導かれるように、どんどん信心に打ち込むようになっていったのです。
 一生懸命に信心する中で、薄皮がはがれるように三年ほどで健康になり、五年ほどで人間関係の悩みから解放されていきました。年を重ねる毎に信心のすばらしさを確信していきましたが、それでもなかなか誰かを折伏しようという気持ちにはなれませんでした。
 御住職・西岡雄恩御尊師より折伏のお話をされると、いつも耳を塞いで逃げ出してしまいたい衝動にかられました。
 自分は苦しい境界ですがるように入信したけれど、信心を求めている人ばかりではないし、現に両親は未入信でしたが、健康でとても幸せそうに暮していました。
 両親は私に、
「何を拝もうが勝手だけれどへ自分たちにまでそれを押し付けないで欲しい。信心をしていると言っても、人生や人間性で、まだまだ私たちに勝るものなんてないじゃないか」
と呆れて言いました。その言葉に一言も反論することができず、いつも情けない思いをしていました。
 そうこうしているうちに、健康で風邪ひとつ引かなかった父が、突然毎晩吐き気をもよおすようになり、ただごとではない事態を感じて近所の診療所で診察を受けました。医師からは、その日のうちに日赤病院へ向かうよう指示され、精密検査の結果、胆管ガンとの診断でした。
 家族は突然のことに戸惑い取り乱すばかりでしたが、私はとにかく父の快復を願い、必死に御 題目を唱えました。そして、御本尊様に向かいながら、父が入信して仏様の御加護を戴けるようにと心より願っていました。
 しかし、
「信心をしろと言うなら、この家を出ていけ」
と言い放った父の言葉が耳から離れず、折伏の一言がどうしても言えません。そんな気持ちのまま、術後も体調が快復しない父のために私は毎日、ヒゲを剃ったり体を拭いたり、食事の介助をしたりと世話をしました。

 病の床の敬愛する父心を決めて折伏

元気だった時の父は威厳のある人で、触るどころか近寄る機会も少なかったので、最初は少し戸惑いましたが、父は体力が低下するにつれ、まるで小さい子供のように私たちに体を預けて、嬉しそうに介護をさせてくれました。介護をしていると、父はよく、あふれる涙を止めることができず、声を出さずに泣いていました。母に
「死ぬのが怖い訳ではない。大切な家族を残していくことが辛くて仕方がない」
と話していたそうです。
 私は父の体に触れるにつれ、家族を守って一生懸命働いてくれたことへの感謝や愛情を日々深く思い出し、父の涙や生きることを諦めていく姿を見ると、我が身を切られるように辛く、何も言えない自分をただただ責めて、毎日泣きながら御題目を唱えていました。
 そんな長い長い葛藤を経て、やっと私は心からの決意をしました。
「例え出ていけと言われてもいい、本当に必要な言葉を言おう」
と。
 
「お父さん、いっぱい辛い思いをしたね。一緒に御題目を唱えよう。御題目を唱えたら、きっと痛みも心も軽くなるよ」
と、初めて素直に父に語りかけました。驚いたことに、あんなに信心を否定していた父が、私の言葉を一言二言聞いてすぐに、
「御題目でも何でも唱える。入信する」
と素直に言いました。急遽、御住職様に御授戒をしていただいた父は、まるで安心したかのように、その夜、静かに息を引き取りました。最後の最後でやっと親孝行ができた私は、不思議と亡くなった父の
「入信の功徳による成仏」と、「御題目を少ししか唱えていない境遇」の両方を、手に取るように感じました。この経験で、どんな境界で生まれた人間でも、死に向かって、そして来世で幸せに生まれ変わってくるためにも信心をする必要があるのだと知りました。

 悲観の毎日から、明るく前向きな日々へ犒な折伏が猴り難い瓩法折伏の功徳と必要知るその後新たな使命が


 父を折伏してしばらくして、長年派遣社員として勤めていた会社で社員へと登用され、そして何よりも、重かった心が自分でも感じるくらいに軽くなり、数年分の罪障が一気に落ちた感じがして、折伏の功徳の大きさを知りました。しばらくして、御法主上人猊下の、

講員一人ひとりの掘り起こしが必要(趣意)」(大白法七六三号)

との御指南を受けて法乗寺でも、講中を二十二に分けたグループ制を引き、もっと細やかに育成をしていこうということになりました。私は既に副婦人部長のお役目を拝命しておりましたが、グループの一つ、KTTグループのグループ長も兼任させていただくことになりました。
 少しずつグループの方たちとお話するようになって、自分が歩んできた信心の経験が少しでもお役に立つのであればと、アドバイスをするようになっていきました。自分の辛かった過去を思い出し、
「私にも乗り越えられたのだから、必ずあなたも悩みを解消できる。一緒に御題目を唱えてがんばろう」
と、一生懸命にその方の幸せを願い、心を込めて信心のすばらしさをお話すると、相手の方の顔が明るくなり、その方の命が躍動し始めるのを感じました。と同時に、不思議に自分の気持ちもどんどん晴れていくことに気づいたのでした。
 それからたくさんの書物を読み、どうしたら折伏育成ができるのか、一生懸命に考えるようになりました。そうしているうちに、私の中であんなに嫌で怖かった折伏が、有り難く温かいものに感じられ、いつも誰かの人生を応援したい、折伏を成就したいと思うようになっていきました。
 そんな時、会社で十年以上も親しくさせていただいているW.T.さんが、東京から関西への転勤が決まり、私の上司として赴任されてきました。
 
「K村さんは以前よりもずっと明るく楽しそうで目に力がある。生き生きしているけど何かあるの」
と聞かれ、思い切って信心の話をし、トントン拍子に昨年の六月、無事に御授戒を受けることができました。W.T.さんの入信は、長年信心に励んできたご褒美に、御本尊様が共に信心に切礎琢磨できる仲間を与えてくださったのだとへとても嬉しく思いました。

 そんな経験を重ねる中で、御住職様がご法話で何度も何度もお話されていたことの意味が、少しずつ判るようになってきました。
「智慧第一の舎利弗でさえ信心でなければ入れなかった世界」
「仏様にお任せする」
「信心で物事を考える」
「いつか信じた通りになっていける」
等々です。
 どんなに力のある仏様でも、信じ行ずることができない間は、残念ながら信心の功徳は十分に戴けません。怖い怖いと思っているうちの折伏は恐ろしいものであり、温かくすぼらしいものと考えると、折伏はその通りに行じていけるのです。勤行唱題折伏育成登山・参詣、御供養と、御法主上人猊下の御指南、御住職の御指導のままに信心に励めば、どんどん自分の境界を開いていただけるのだと強く感じるようになりました。
 今の私は、入信当初には想像することができなかった、健康で明るく前向きで、多少のことには動じないおおらかな人間になれてきています。それは、常に世界で唯一無二の仏様の御加護を戴けていると確信しているからです。今は楽しくて仕方のない毎日を生きています。

 今こそ母を


 そんな私の一番の気がかりは、父を亡くし残された母のことでした。昔は反抗ばかりしていた私ですが、信心のお陰で両親に対して常に感謝し、私なりに母を大切に思って一緒に暮らしています。私の姿を見て信心の正しさは判ってくれているようですが、なかなか信心するとは言ってくれない母です。
 今年の一月、御住職様が自宅へ、母の様子を見がてら家庭訪問してくださった際に、
「お母さんはもうほぼ判ってらっしゃいますよ。あとはお母さんがご自分でお寺に行きたいと言うまで待ちましょう。K村さんは、これからもお母さんに優しくしてあげればいいのですよ」
と、とても温かいお言葉をいただきました。
 しかし、その日初めて御本尊様の前で御経を唱えた母の心は、自然に決まっていたのでしょうほどなくして母は、
「あなたの信じた宗派に入信することに決めたわ」
と言ってくれました。
 いざ入信と心が決まると、あれほど信心を拒絶していたのに、
「あんなに長い間、意地を張っていてバ力みたい。入信を決めたらすっきりしちゃった」
と、とても晴れ晴れと友人に話をしていました。
「とてもよい御住職様なので、これから父の供養を、ぜひ西岡御住職様にお願いしたいと思ったから」
だそうで、その時には既に、父の墓前で入信の報告をしてきたそうです。
 そして三月十一日、母は無事に御授戒をお受けすることができました。
[写真]母と娘二人と一緒に(本人右端)

入信してからの母は、毎朝お水と仏飯をお供えして、仏様をとても大切にしています。あまり努力を好まない母が、私の後ろに座り、慣れない御経を一生懸命に唱えています。そして、自分のことよりも孫の悩み事の解決や父の供養を願って、
「お母さんががんばって拝まないとね」
と手を合わせています。勤行が終わると、必ず私に一言
「ありがとう」
と温かく言ってくれます。
 私はそんな母の穏やかな純粋な信心をとても嬉しく、今まで以上に幸せそうな明るい表情を見るたびに折伏のすぼらしさを感じ、何よりの親孝行ができたと日々喜びを噛みしめています。

 明るさに満ちる日々 自他共の喜びめざし


 信心を始めたばかりの時は、噴き出す罪障に、なぜ御本尊様はこんなに辛い私を助けてはくださらないのだろうと、身勝手なことを何度も考えました。でも、業はすべて自分がなしたもので、誰に文句を言うこともできません。御本尊様は、講員や世界中の一人ひとりが正しく信心をして、誰もが幸せになることを切望してくださっています。
 正しい信仰姿勢について、御法主 日如上人猊下は、

「自分だけの信心では本当の幸せを築くことはできないのであります。自分のためだけの幸せを求める利己的な姿勢は、実は仏様が最も嫌った姿勢であります。(中略)謗法を責め、折伏を行じなければ、成仏はかなわないことを知らなければなりません」(大白法七七一号)

 と御指南くださっています。私は今年の一月から法乗寺支部の婦人部長の大役を仰せつかりました。人見知りで泣いてばかりだった私が明るく前向きに生きられるようになれたのは、すべて御本尊様のお陰なので、まだまだ微力ですが、平成二十七年五十パーセント増の御命題実現をめざし、講中の皆様と、また、北近畿婦人部の皆様と、異体同心の団結で折伏を実行してまいります。

[体験]

最終更新時間:2018年02月14日 07時11分07秒